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2009年7月

民主党のマニフェスト??

 自民党のマニフェストは、党内の混乱もあって月内の発表は困難であると報道されている。民主党はマニフェストを発表した。

 その中で、子ども手当や戸別所得保障制度の創設、公立高校の授業料の無料化などいわゆる「所得の再配分」を機能を強化する施策が示されている。これら支出に対する財源をどのように確保するかが大きな問題である。子ども手当の財源としては従来の配偶者控除を廃止する案が上っている。

 配偶者控除を廃止すると言うことで本当の解決になるのであろうか。所得の再配分は、所得の多い人から税金を多く集め、所得の少ない人に対して配分することであるが、少子化傾向に歯止めをかける意味から「子ども手当」の創設が考えられたと思う。しかし、配偶者控除の廃止では、所得の少ない人も配偶者控除を受けられていたがこれが廃止されると、所得の少ない人も増税になる。

 問題は、所得の多い人に多少の税金の負担をお願いして、それを財源に再配分することが必要でないかと考えられる。特に日本の社会が、かつては「1億総中流」と言われた時代から「格差社会」と言われる社会に大きく変貌し、この格差を乗り越えることが困難な時代になりつつあると言われている。

 格差が拡大することは、社会の不安定化につながるばかりでなく格差の再生産が進み、社会の活力が減退すると考えられる。特にこの間自民党の政策では規制緩和が叫ばれて、税制の見直しが進められ所得格差が拡大した。その意味からすれば、再配分機能をある程度強化することが必要であるし、その再配分を「意味ある再配分」として子どもを産み育てる世代に厚くしようと言う、子ども手当の創設や公立高校の授業料の無償化は歓迎すべき政策と言える。

 しかしその財源を、どこに求めるかでその内容も大きく異なってくる。そこで、所得税の最高税率を見直し、収入の多い層にはそれなりの負担を求めるための税率の引上げを行うことが求められる。配偶者控除を廃止することは低所得層の新たな課税強化につながるので、この「再配分」の進め方は、自民党政治によって社会に生まれた格差の解消にならず、新たに格差を再生産するような結果になると考えられるので再考を促したい。

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麻生首相は失言癖???

 麻生首相がまたも失言?報道によると25日に開かれた日本青年会議所の会合の挨拶で「日本は65歳以上の人たちが元気。その元気な高齢者をいかに使うか。この人達は皆さんと違って”働くことしか才能がない”と思ってください」と述べたと伝えている。「高齢者の勤労を促すことが、社会保障制度の安定や活力ある高齢化社会を作るとの考えは首相の持論としている。

 そうであるとしても「働くことしか才能がない」と言う言い回しはいかがなものか。65歳以上の高齢者が職を求めても求人がほとんどないのが現実である。麻生首相は、常日頃「政局より政策」と言ってきたわけだから、高齢者が働ける環境を整えるのが政治の役割ではないのか。

 具体的には、国家公務員法が定めている60歳定年を延長することはすぐにでもできることではなかろうか。無論60歳を65歳にすることで、現行の給与のあり方や考え方を変更することが必要になってくる。そうしたことを放置して「働くことしか才能がない」とは、1国の首相の言葉としたら軽いと言わざるをえない。

 確かに、年金受給者から給与所得者になるわけだから、社会保険料の納付者になることで、社会保障制度の破たんを一時的に免れることができるかもしれない。また、定年の延長によって給与所得者の期間が延長され年金の給付額も引き上げられる可能性が高まることでしょう。

 高齢者の働き方を真剣に考えるのであれば「働くことしか才能がない」等と言わずに国家公務員の定年を延長するとともに、民間企業に対しても定年の延長をお願いして、高齢者が活きいき暮らせるような社会をどうすれば作ることができるか真剣に検討することが求められているといえる。麻生首相の発言は高齢者に対する冷やかしか侮蔑でしかない。

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党首力と幹事長力????

 選挙に当たって党首力の差が、勝敗を決する大きな要因だと言われている。例えば昨日の麻生首相の夕方の記者会見を見ていると、(自民党・公明党で)過半数を取れなかった場合はと言う記者の質問に対して、色をなして「これから戦うのに何を言っているのだ」と言わんばかりであった。冷静さが欠けるように思われたのである。

 その会見の冒頭では要旨「私の不用意な発言で国民に不信を与え、政治に対する信頼を損なわせた。深く反省している。自民党内の結束の乱れは、私が至らず国民に不信を与えた。心からお詫びを申し上げる。」と述べているので、麻生首相に対する党首力の採点は辛くなるのは致し方ない。

 また昨日、NHKの夜7時のニュースが大幅に延長され、6党の幹事長が出演する時間帯があった。そこで、細田幹事長と岡田幹事長のやり取りを聞いていた。細田幹事長は元気に発言しているのだが、例えば民主党の批判を行っても民主党の岡田幹事長から逆に事実違いを指摘され、それに反批判を加えるような場面がなく、岡田幹事長が非常にどっしりとした安定感を感ずる議論を展開していたことが印象的であった。どちらが与党の幹事長だか分からない感じがした。

 これから、選挙では様々なことが言われると思うが、相手を攻撃するだけでは問題は解決しない。麻生首相が民主党の政策を「ばらまきだ」と批判しているが、「あんたに言われたくないよ」と言う声が民主党の人たちからは聞こえてきそうな気がする。

 積極的な政策論争は大歓迎であるが、ネガティブ・キャンペーンをするときには、ブーメランのように自らの所に帰ってくることを前提にしっかりした根拠をもってやるべきだと考える。

 早速、本日の日経新聞に自民党は民主党との違いをPRするため全面広告を行っていた。その中で昨日のNHKの6党幹事長の中でも出た問題が自民党の広告に出ていた。それは、自民党は「北朝鮮特定貨物検査措置法」の成立を進めているが、民主党は反対したと。昨日の中でも岡田幹事長は審議を進めたいなら麻生首相が衆議院を解散しなければできるのであるから、解散しなければよかった。そのことに触れず反対しているように言うのは間違えていると。これに対する細田幹事長の反批判はなかったのである。幹事長力が試された一幕であった。

 

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解散・総選挙へ

 自民党は両院議員懇談会を開催し、麻生首相が冒頭、反省とおわびを申し上げなければならない。私の発言や「ぶれた」といわれる言葉が国民に政治への不安・不信をあたえ、結果として自民党の支持率の低下につながった。深く反省していると述べ、陳謝した。

 そして、総選挙は「日本を守り、国民生活を守るのは、どの党が相応しいか」を選ぶ選挙だと、選挙の意義を述べている。しかし、具体的にこうしたことをやりたいと言う言葉は少なかったように思う。また「行き過ぎた市場主義とは決別する」と言う内容が、これだけではどこと決別し、どこを守るのか分からない。

 両院議員懇談会も終わってみれば反麻生で動いていた人たちも、半麻生としてこれから選挙に向かって戦うと述べている状況である。先週は何だったのかと言う感じがする。

 今頃になって金子国土交通大臣は「最悪の時に解散した」と述べ、舛添厚労大臣はこの間の党運営を批判し、両院議員懇談会を非公開から公開へ急遽方針を転換したことについて「非公開にする理由がまったくない」と方針転換は「遅きに失した」とのべマニフェストの取りまとめも「きちんと公開していないのは両院議員懇談会の轍を踏むようなことをやっている。党の執行部に猛省を促したい」と執行部批判をしている。

 シャンシャン「懇談会」で終わったように思える両院議員懇談会であるが、数名の議員の発言で「公開」であるからかどうかは分からないが、不満や不信が解消されるどころか、麻生首相の反省と陳謝の弁だけが記憶され、マグマを残したまま選挙に入ったと言える。

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活力失う自民党・反麻生か半麻生か

 両院議員総会の開催を求めた署名に対して、自民党は両院議員懇談会を「非公開?」で行うこととなった。麻生首相は「逃げも隠れもしない」と大見得を切っていながら、「非公開」については党執行部が決めたこと、自らはそれに従うと言う、いささか責任者らしからぬ発言をしている。

 「反麻生勢力」を封じ込め、党内抗争に勝利し、解散にこぎつけたように見えるが、総選挙の「旗じるし」が不鮮明なことは否めない。

 しかも、両院議員総会要求の署名をした議員に対して、報道に依れば「党内の混乱を招いた責任は重大(中略)首相周辺は総会要求を『反乱』とみなし、公認取り消しを含む処分をにおわせていた」(日経新聞)という。両院議員総会が要求されたのは、重要な地方選挙で連敗続きであったわけで、それを「地方選挙は関係ない」とする麻生首相に対して、正式に議論する場を設定するために行われたもので、そうした議論をスルーして解散を予告したことに問題があるのではなかろうか。

 しかも、小選挙区制と言う選挙制度を「前提」にして公認の取り消しを含む処分が口端に上るようでは、なにおかいわんやである。「逃げも隠れもしない」と言いながら時間切れを前提とした議論の場の設定では、リーダーの資質が問われていると言えよう。

 議論が百出し混乱しているように見えても、その中からこそ次への展望が見えてくるもの。現体制を守ろうとする人たちにとっては「混乱」と映る議論の場の要求についても、議論百出しても収斂する地点を知恵を出して見出すことはいくらでもできる。大敗が予想される中では地元廻りを繰り返している多数の議員の声を党の政策方向とすり合わせて反映させる議論することが必要であろう。

 小選挙区制で小泉郵政解散が行われ、「刺客」が大量に送りこまれた。このときは、民営化に賛成か反対かが争点になっていた。しかし、今回は「どの政党に任せることができるのか」が争点と麻生首相は述べている。明確な争点もない中では有権者の生活感等が投票行動の基準になるであろう。そうした危機感から両院議員総会の要求署名が行われたが、署名した者を処分する等と言うのは、自民党から活力を削いでいく作用をする以外何物でもない。

 大敗するであろうとする選挙結果が予想される中で、反麻生で動いてきた議員も、総選挙敗北の責任を取って遅かれ早かれ辞任するであろう麻生首相がその地位に留まるのも時間の問題だと考えて、次への展開を考えて「反麻生」から「半麻生」への立ち位置の変更をしたのではないか。

 先日、テレビタックルに出演していた公明党の衆議院議員は、「政権についていなければ何もできない」とし、もし民主党が政権についたら「連携について検討させてもらう」と述べていたので驚いた。参議院では、総定数242、過半数は122になるのに対して民主党を中心とした会派は118名、社民党中心の会派は5名、共産党7名、自民党81名、公明党21名、改革クラブ4名、会派に属しない議員5名、欠員1名となっている。こうした現状を踏まえて、総選挙後の動きは小選挙区制を前提とした、政党間やグループとの連携を中心に動いていくものと思われる。

 

  

 

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総選挙とマニフェスト

いよいよ衆議院が解散され総選挙が行われる。この総選挙は昨年月に福田首相の辞任により自民党の総裁選挙が行われ、麻生首相の雑誌への寄稿などから直後に解散・総選挙が行われものと考えていた。しかし、リーマン・ブラザースの倒産が引き金となって信用不安が起こり、崖から転がり落ちるような経済状況の悪化により延びのびにされてきた。しかし、9月には衆議院議員の任期満了を迎えることから、直前に解散・総選挙を実施することとなった。

総選挙は言うまでもなく次の総理大臣を誰にするか決める選挙である。前回の総選挙は小泉内閣が行ったいわゆる郵政解散で、自民党は解散議席を50以上上回る大勝となり、自民党・公明党を合わせて衆議院の3分の2以上の議席を確保するに至った。その後、自民党安倍内閣は郵政造反組を復党させその議席をさらに増加させた。その結果、小泉首相のもと参議院で一旦は否決された郵政民営化法案が可決されたのである。しかし小泉首相は、自民党総裁の任期を以て首相を辞任し、安倍政権が誕生したが1年で辞任し、福田政権が誕生するもやはり1年で辞任した。その後を受けて麻生首相が誕生したのである。選挙がもたらしたものは、毎年変わる自民党政権であった。

次の総選挙では、自民党は現有議席を半減させるだろうとの予測もあり、大胆予想の中には現在の自民党と民主党の議席数が入れ替わる位の議席の変化、即ち自民党は半減どころではなく120議席程度になるかもしれないと予想する識者もいる。予想は予想でしかないのであって、有権者はしっかりと各政党が公表するマニフェスト等を参考にするとともに従来の主張や今までの約束を点検し投票行動することが求められている。

各政党は、積極的にマニフェストを中心に政策の主張を展開すると考えられるが、あれもやります、これもやりますと言う主張の中に実際の議員活動とかけ離れ、当選するため有権者の受けを狙ったことが、主張されることもある。政権党のある議員は霞が関改革について公務員制度改革法案と異なる、素晴らしい主張をしていたが、これは典型であるが本人の思いと法案とのギャップを埋めるためにどうするのかの主張は欠けているのである。こうしたことに騙されてはいけないし、その主張が所属政党の掲げている方向や現在まで法案として出された内容などを冷静に検討して投票行動に結びつける必要がある。

選挙で当選するか落選するかは候補者本人にとって、天国と地獄の違いがある。そこで、候補者は何とか当選するためには無理も承知の主張を展開するのである。伝えられるところでは、自民党では党のマニフェスト以外に幾つかのグループでマニフェストの議論をしていると言う。河村官房長官はこうした動きを認め反麻生勢力に「党が決めた大方針を変えるわけにいかない。(実行するなら)完全に党を分けなければいけない」と離党を促す可能性に言及、けん制したと報道されている(時事通信)もしも、こうしたグループごとにマニフェストが出されるとするならば、有権者を愚弄することと言わざるを得ない。当選するためには何をやっても良いわけではない。選挙の結果によって総理大臣を決めるのであるから、各政党及び候補者は正々堂々と選挙を実施してほしいものである。

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麻生首相の統治能力が試されて

 両院議員総会の開催要求署名が自民党議員の3分の1以上の集め幹事長に提出されたが、署名の真偽の確認や切り崩し、はたまた公認候補に対する様々な圧力を加え開催を拒否している。

 麻生首相は表向きは「逃げも隠れもしない」と言いながら、一方で幹事長に両院議員総会を開催しないことを厳命し、適当な着地点の設定を求めている。両院議員総会を開催すると、総裁選前倒しが求められ党内の混乱が収拾できなくなると見込んでのことだろう。

 麻生首相は、一連の地方選挙と国政は関係ないとし、総括をスルーして衆議院解散を図ろうとした。これに対して両院議員総会を求めた議員は、地方選挙を総括し自民党の危機感を共有しなければ総選挙を戦うことが出来ないと考えている。その地方選挙総括の結果が、総裁の責任論に発展すれば総裁選の前倒しも必要になってこよう。

 一方で党務の責任者である幹事長が都議会自民党に出向き選挙結果について陳謝している。この陳謝は、国政と関係がないと強弁する麻生首相の言動とは明らかに一線を画している。

 何かにつけ政権担当能力があるのは自民党だけだとする麻生首相の基盤は、小泉郵政選挙で得た議席の上にあるのだ。そして、次の総選挙では現有議席が半減するだろうとの見込みもある以上、麻生首相は党内の意見に真摯に耳を傾け自民党のあるべき姿の議論をリードし、混乱するから避けるような後ろ向きな姿勢ではなく、むしろ積極的に進め、その上に立って様々な改革を進めるリーダーの姿を示してもらいたいものである。

 自民党内の混乱を強いリーダーシップで収拾し、党内のもやもやを一気に解消し党内をまとめることが出来なければ、総選挙において自民党の勝利はおぼつかない。麻生首相は正々堂々と両院議員総会を開催し、積極的に議論を巻き起こし党内の結束を強めるよう努力すべきだ。麻生首相はこうした意味からも党内の統治能力が試されていると言えよう。

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危機感の共有はできるのか

 自民党では党大会に次ぐ「両院議員総会」を求める署名が3分の1以上の議員から集まり幹事長に提出された。署名した議員がこれだけいたと言うことが議員が、いかに総選挙への危機感を深めているかの表れである。

 署名が提出された以上、両院議員総会は開催されなければならない。しかし、その総会が一連の地方選挙の総括で終わるのか、総裁選の前倒しまで進むのかが大きな分岐点になろう。次の総選挙では、自民党は現有議席を大きく割り込むと多くの識者は見ている。例え総裁選の前倒しをしても「火中の栗」を拾おうとする「勇者」が現れなければ意味をなさない。しかし、休み明けには解散するとしていることから今日、明日に開催されるだろう総会までに選挙に勝てる顔としての有力候補者が現れるだろうか。

 自民党は、次の総選挙で議席を大きく減らす見込みであることから、次への飛躍を考えるシナリオライターが必要だ。それを行うには現状に対する批判的精神が必要で、国の基本形を強固に据えて、その土台の上に様々な具体的な政策論を展開することが必要であろう。バラマキに反対だと言いながら定額給付金に賛成したり、経済対策だとして中身をあまり吟味せずに「国立漫画喫茶」のような施策を繰り出していては、「オウンゴール」を叩き込んでいるようなもので、「多数の議席に胡坐をかいている」といわれ、勝負はついていると言わざるをえない。

 大きな政党には、考え方にある程度の幅が必要であることは言うまでもない。しかし、バラマキで有権者の関心をかうことと、不況対策や福祉の施策拡充とは根本的に相容れない。逞しい国の経済的活力・良好な経済循環を取り戻すための施策は別次元のことである。

 自民党にとって当面する総選挙で議席減を最小限に抑え、次への飛躍をするためにはオウンゴールを繰り返していた総裁に代わって、オウンゴールをしない人を総裁にする方が遥かに次への展望が開けてくる。諺に「負けた軍隊ほどよく学ぶ」と言われるように、一時的な人気や受け狙いで選ぶことなく、この際しっかりとしたリーダーとして適格性を見極めた選出が望まれる。

 自民党執行部は、提出された署名の真偽や署名者の切り崩しを始めていると言う。正々堂々と両院議員総会を開催して議論を尽くすことこそが必要であって「ゲリマンダー」的に署名を扱うことからは、自民党の未来が見えてくるはずもないと思われる。

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正反対の選挙見通し

 8月30日に予定されている総選挙の結果について、自民党内では見通しが総裁とその他の議員とでは正反対になっている。

 昨日開かれた自民党の代議士会で中川元幹事長の発言を見上げるように聞いていた麻生首相は、「この人何を言っているんだろう」と言うような顔をしている様に見受けられた。

 選挙結果については、様々な雑誌等で見通しが示されているが、現在の自民党の議席が約半分の150前後と言う記事もある。しかし麻生首相のように勝つ(日本記者クラブでの会見。自公で過半数越え?=241議席)という予想を立てているところは見受けない。

 これでは議論が噛み合うはずもない。首相は選挙で自民党が勝って公明党とともに引き続き政権を担うのに、9月30日に総裁任期が切れるとしても選挙に勝ったのだから引き続き総裁続投になるのは当然だと考えており、総選挙で自民党は大きく議席を減らすことになるが、出来る限り減らす議席数を小さくするには、支持率が低迷している麻生首相に代わる総裁を選出し選挙を戦おう意見とでは噛み合うはずもない。

 しかし、衆議院を解散すると言うことは、480名議員の首を切ると言うことですぞ。昨年、福田前首相はこの重みに耐えかねて選挙に勝てる「顔」を総裁にすげることを希望して辞任した。麻生首相は300を超える現有議席を次の総選挙でどこまで維持することができると考えているのか・・・・・都議選の選挙結果は総選挙には影響しないと見ている麻生首相のものの見方は、現下の情勢を充分認識しているとは思えないし、総選挙後に多くの現議員が「臥薪嘗胆」するようなことになったときには、総裁を辞任するだけで、責任を現すことになるのだろうか。

 

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思い込み政治の宮崎県知事!!!

 宮崎県知事の国政への転出騒動は、本人の国政に出たい強い希望と自民党の「苦境」に「付け入る」ような発言がひと際目立っただけで、出馬見送りによって幕が下りようとしている。

 古賀選対委員長に突きつけたとされる2点の要求、一つは全国知事会の分権推進要望を自民党のマニフェストに入れること。二つ目は、自民党の責任ある立場(党総裁)に就ける覚悟はあるんですかと言う要求である。

 自民党に対してこれだけのことを言っておきながら「今は出る環境にない」と言う東国原知事の見識とは何であろうか。早く国政の責任ある地位について政治的手腕を発揮したいと言う思い込みだけではなかろうか。

 自らが国政の場に出たいという思いを持ちながら、出馬依頼があったからと言って議院内閣制の国の政治体制では、多くの議員の推薦によって首相や総裁が選出されるが、国政との接点が少ないのに「自民党の責任ある立場(党総裁)に就ける覚悟はあるんですか」と聞くこと自体、単なる思い込み、過信でしかない。

 誠実さを欠くこうした一連の「騒動」から見えたものは、自信と過信は紙一重であり、自信と思い上がりは別だと言うことですし、思い込みだけでは何も前に進まないということである。

 これで、誰も東国原知事に国政への転身を働きかける大政党はなくなったということである。「今は出る環境にない」どころか、猛省しない限り今後もそうした状況が現れるとは思えないのである。

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麻生首相が衆議院議員選挙を決断

 昨年9月に首相に就任した麻生首相は、「選挙の顔」と期待され就任早々、衆議院議員選挙が行われるのではないかと思われた。しかし、今日まで有利と思われる場面があったにも拘らず衆議院を解散することなく今日に至った。折しも、昨日投開票された東京都議選では、自民党が議席を減らし、民主党は幹部もびっくりするほど議席を伸ばした直後に、衆議院の解散、総選挙の実施を決断した。

 都議選は、自民党が議席を10減らし、公明党は1増やした。民主党は20増やしたが自民党・公明党からは9議席奪っただけで、欠員2議席の他の9議席は共産党から5議席、生活者ネットから2議席、諸派・無所属から2議席を奪った結果である。

 都議会第一党となった民主党の責任は重大である。国の制度と異なり地方は「二元代表制」を取っている。しかしこれが十分機能していない。議会が長の提案について賛成か反対かに収斂されるような役割・機能しか果たし得ていないとするならば、矢祭町と同じように議員報酬は「日当制」で十分である。その方が住民の福祉の向上に有効であるかもしれないからである。

 

 衆議院の解散で総選挙が実施されることになるが、各党は国の将来像を示し、具体的な政策をどのように展開していくのか国民に示すことが重要である。国民は様々な不安を抱えている。年金・医療保険・介護の問題など福祉医療に関すること、経済の先行きに関すること、外交・防衛に関すること、巨大化した霞が関の「再編成」に関すること、地方分権の推進に関することなど選挙で示さなけれなならない論点は多岐にわたっている。

 各党はこれら論点についてどのようにしていくのか、特に自民党は与党として政権を担ってきた訳だら、野党との論点の展開の仕方は自ずと異なってくる。また、ネガティブ・キャンペーンも的を得たものであればよいのであるが、例えば政治資金問題で自民党がネガティブ・キャンペーンを展開しても、自らの身内の問題をきちんと整理してから出直したらと思える。

 次の総選挙で政権交代が実現できるかどうかが、最大の関心事である。都議選の結果を投影するとすれば、可能性は強まったと言えよう。しかし、方や地方議会議員選挙。1か月半先には結論が出ることになるが、様々な事柄を大きな渦に巻き込みながら、8月末を迎えることになるだろう。

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地方分権の推進

 衆議院議員選挙が近づき、地方分権の推進がクローズアップされている。全国知事会は各政党のマニフェストに評価を加える作業を行ったようである。また、知事会の動きとは別に、全国市長会も地方分権改革の推進を盛り込むように各政党に呼びかけ、その対応を評価するとしている。

 国の直轄事業負担金をめぐって「ぼったくりバー」と比喩したのは大阪府知事であったが、こうした声に呼応するように他の知事も勇気をもって声を上げることで国は見直しを迫られている。大阪府知事が不合理な国と地方の関係を見直し、地方団体が真に住民のための行政を行えるよう地方分権の声を上げたことは評価できよう。

 そこで、地方分権の推進の方向が大切になってくる。従来国においては地方制度調査会を設置して地方団体の在り方について検討してきた。しかし、地方分権の推進については、権限と財源の移譲が「霞が関」の抵抗にあって進まなかった。権限だけを委譲し財源の移譲を行わないなど、とても受け入れ難い案も出された経緯もある。

 地方分権の推進は、本来国が行うべき仕事、広域の地方団体が行う仕事、市町村が行うべき仕事は何か見直し、事務の再配分を行い、それに見合った財源の配分を行うことだと考えている。地方団体はこうした考え方に基づき地方分権の推進を図るべきで、全国知事会と全国市長会は各政党への働きかけを行うとしている訳だから、協働でワーキングチームを設置し、各政党のマニフェストを評価するだけでなく、自らの案を示すべきだと考えている。

 戦後荒廃した地方を立て直すために現在の制度はその機能を発揮した。しかし、制度が築かれて60年以上経過し現在の地方制度が、制度疲労を起こしていることも事実である。一方で大都市に人口が集中すると共に他方で過疎により高齢者人口が高い「限界集落」も増加しているのである。こうした限界集落を抱える地方では、当然税収は限られ、歳入の不足を補てんしている地方交付税が歳入の大宗をなしている現状もある。

 従って地方分権と言っても一律の決めつける訳にはいかない。しかしながら、例えば国道と言っても交通量の非常に多い幹線道路もあれば、片側1車線も所々欠ける国道もある訳で、全て国が直轄事業としてやる必要があるのだろうか。こうした事業は財源と併せて権限を地方に委ねてもよいように考えられる。

 また、許認可事務でも外形的に整えば許認可するシステムになっている。例えば、これを2つに整理し、参入しやすくする事業と参入しにくくする事業に区分し、参入しやすくした事業については、実態調査が機動的に出来るような適正規模の地方団体に権限と財源を委譲し、退場も含めた監督業務が実施できるようにすべきであり、参入しにくく規制した事業については実態調査を行うとともに報告義務を強化した監督体制を構築すべきであろう。

 こうした住民の利益が確保できる真の地方分権を構築する必要がある。しかも重要なことは、人口の多い都市部と少ない地域では自ずと行政の課題も異なることから、地域ごとの課題に即した事業展開が柔軟にできるような分権制度が望まれるのである。

 全国知事会は全国市長会と早急にワーキングチームを設置して、手堅く地方分権の推進が図れるような制度の在り方を示す検討を開始することが望まれる。民間できることは民間にまかせ行政が取り組まなければならない課題を明確にして、検討経過を住民に広く周知し、推進の一大運動を創造してもらいたい。

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東国原知事の見通し

 東国原知事は昨日自民党関係者と積極的に会談した。自民党は東国原知事に対して「人寄せパンダ」としての役割を期待している。東国原知事はいかにも真面目そうに全国知事会が掲げる国の直轄負担金の廃止、財源の国と地方の割合を5対5にするなどの全国知事会の考え方を、次期の総選挙で自民党のマニフェストに盛り込むことなどを要求している。

 自民党は国の直轄負担金廃止など地方分権の改革・推進をマニフェストに盛り込む方向で検討している旨を伝えている。そのマニフェスト推進のために責任ある立場に就けろという要求については「党則の変更が必要なので、党内の意見が一致できるか何とも言えない」と伝えたとしている。いまだ、国会議員でもない東国原知事を総裁にするため党則を変え、迎い入れるほど自民党も困窮していないし、自民党にもルールがある。

 そうした昨日の動きを踏まえて、衆議院議員選挙へ自民党から出馬することについて東国原知事は「保留」したと伝えられている。しかし、全国知事会の考えをマニフェストに盛り込む方向で検討していること、総裁については、自民党のルールに従ってという「回答」に対して「保留」と言う回答は余りにも小児的だし、自民党に失礼だと言わざるをえない。いかに高く売り付けようとも「人寄せパンダ」として少しは役に立つかもしれないと自民党が期待していることは知事も分かっているはずだ。小泉前首相はいわゆる「小泉チルドレン」を前にして「使い捨て」だと述べている。そうだとしてもここまで話を詰めて「保留」はない。

 宮崎県知事になって1期目の任期も全うしていないで、衆議院議員選挙に立候補しようと言う「上昇志向」に有権者もあきれているが、主張を取り入れたマニフェストを自民党が作る方向で検討しているにもかかわらず、保留するようでは、見通しの甘さを見せつけているだけで、何も期待することがないとする多くの有権者の評価が、知事を冷静に評価していると言える。

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土俵際の麻生首相 次の手は??

 土俵際に詰まった麻生首相。次の一手はどのようなものがあるだろうか。従来は「しかるべき時に(衆議院を)解散したい」と伝家の宝刀を大事に仕舞っていたが、それが錆びつき始めている。昨日投開票された静岡県知事選挙では自民党の推す候補が惜敗した。

 党首力が試される選挙で敗れたことは、地方首長選挙は衆議院議員選挙に影響しないとしているものの、有権者はそれほど明確に違いを認めていない。従って次の都議会議員選挙の結果にも表れるものと考えるのが常識的であろう。

 麻生首相は「地方首長選挙と衆議院議員選挙」は関係がなく、地方選の敗北に責任を感じないとしていた。しかし影響があるとする人たちが多いと「しかるべき時期に」と言っていた麻生首相の判断に責任感を発揮しろと言うことも含めて影響を与えることになる。

 衆議院解散は首相の専権事項としているが、一人でできる訳ではない。小泉元首相が郵政民営化の是非を問うとして衆議院を解散したとき、解散に反対した一人の大臣を罷免して踏み切ったことが思い出される。麻生首相が解散を叫んでも、首相が任命した大臣が反対する場合には、これを罷免し、全ての大臣職を一人で兼ねても解散に踏み切る覚悟を持たなければ解散できない。大臣の追加任命に終わった「人事権」の行使を見ても、そこまでやれるとは思えない。

 解散することが出来ないとするならば、任期満了の選挙か辞任する以外にはないのである。いずれにしても麻生首相での選挙はないということであろう。

 そこで、自民党は「人寄せパンダ」を誰にするか躍起になっている。宮崎県の東国原知事の出馬を促しているようだが、人寄せパンダ足り得るであろうか。彼が大阪府知事、横浜市長、松山市長らの「地方分権の推進、霞が関解体、政権運営システム」の枠組みに賛成としても、「自民で出るというアプローチを取った以上、僕らがやることと相いれない」と袖にされたのである。

 東国原知事も自民党なら責任あるポジション(総裁)を要求できるが、民主党では代表になれないと考えている。沈み行くと言われている自民党「タイタニック号」の船長を希望しているということである。それがまじめに考えた地方分権の推進なんだろうか。自信と過信が交錯する中で自民党が希望どおりにそのまんま知事に任せるとも考えずらい。それとも、この際、自民党の解体を目指して玉砕的に自民党から出馬するのであろうか。それにしても自民党が東国原知事に委ねるとしたら、リーマンブラザース並みのハイリスク・ハイリターンの賭けに出ることになるが、このビジネスモデルは破たんしている。

 いずれにしても、土俵際まで追い込まれてしまった”競”不倒内閣の命運は間もなく尽きようとしている。

 

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民主党に期待できるか

 都議会議員選挙が始まった。民主党はマニフェストを公表し「決着の夏 東京から政権交代」を掲げている。しかし、民主党が多数派になって都政が変わることが期待できるか。とっても期待できると考えられない。

 新銀行東京問題で民主党は「新銀行東京の存続に民主党はノー、自民党はイエス」と言っているように述べられ、内容は「都民の税金1000億円が投入された新銀行東京は、開業わずか3年で1016億円の累積赤字を出し、事実上破綻しました。しかし、未だに失敗の原因が明らかにされることはなく、石原知事をはじめとして誰も責任を取らないままです。しかも、自民党・公明党の賛成により、400億円の追加出資が可決されました。民主党は、都民の税金がさらに毀損することのないよう、事業譲渡や株式の売却などを含め、新銀行東京から、早期に撤退すべきと考えています。例えば、400億円があれば、中小企業への緊急保証で1%の利子軽減が可能です。」と述べています。

 当時は確かに「貸し渋り」や「貸し剥がし」が言われていた。しかし一方で、民間のできることは民間にと言う大きな流れがあった。にも拘らず民主党は新銀行設立に賛成したのである。そのことについては一切触れずに「都民の税金1000億円が投入された新銀行東京は、開業わずか3年で1016億円の累積赤字を出し」と言う主張は、都合の悪いことは触れない「ご都合主義」でしかないと思われる。

 民間でできることは民間にと言う流れで考えれば、東京都は既存の銀行と提携して、一定額の預金を提携銀行に積み込んで、それを担保にリスクのある貸出しをすることも考えられたと思う。しかし、賛成したことに触れずに「例えば、400億円があれば、中小企業への緊急保証で1%の利子軽減が可能です。」と言うあたりは「噴飯もん」だと言わざるをえない。

 主張を展開しようとするのであれば民主党はまず、賛成した経緯について説明し、誤りを認め反省しているのであればそれを有権者に明らかにして、今後こうしたいと述べるのが、筋であろう。ところが都合の悪いことには触れずじまいでは有権者に理解を得ることはできないし、、民主党に期待することはできないと言わざるをえない。

 民主党が「政権交代」と声高に叫んでいるが、交代しても何か変わるとは思えないのである。

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しかるべき時期に辞任させてもらいます????

 麻生首相は、党役員人事をめぐって「私はやるとは言ったことがない」というニュアンスの発言をしていた。確かにやると明言したわけではないが、積極的であると受け取れる発言をしていた。こうした「明言をしていない」発言は今回ばかりではないのである。

 しかしながら、都議会議員の選挙の候補者の応援に行って「惜敗を期して」と言うあたり「いい間違い」や「読み間違え」或いは「冗談」では済まされない、どうしてそうした発言が出てくるのか理解に苦しむのである。

 しばらく前に「KY」と言う言葉がはやった。「空気が読めない」と言う意味だと言うことである。麻生首相は、「KY」以前かもしれない。しかし「KY」であっては困るのである。100年に1度と言う大不況の中、従来の経済の在り方、パラダイムが大きく転換しようとしているのである。

 アメリカの象徴企業であるGMが企業再建に取り組む羽目になり、ダウ工業株30種平均の算出銘柄から除かれたのは100年ぶりの出来事である。こうした時期に企業の倒産を防止すると称して、淘汰されるべき企業が救済され、後ほど多くの負担をかけてくることが、どれほど理不尽なことであろうか。むしろ倒産による連鎖を防止するシステムを政治が用意することの方がはるかに有用である。

 最長不倒距離を競うのは、スキーのジャンプ競技である。麻生首相も不倒距離を伸ばそうとしてるのかも知れない。佐藤栄作首相の在任記録には、どのようにしても届くとは思えない。名誉ある撤退か、戦いを挑むのか、大切なのは思い切った決断である。記者を相手に「皆さん聞いていないでしょう」などと、「明言していない」発言をしているようでは、首相の鼎の軽重が問われると言うものです。

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年金100年安心??

 年金の記録漏れで無年金になっている高齢者が推計で3万人いることが明らかになった。年金記録はこの制度を支える一番重要なことである。何しろ40年近い納付期間があるのに、40年前の記録が不明だから、当時の証拠書類を持って来いと言われても、全て保存している人は稀であろう。厚生年金の場合には給与の支給明細者になるが、就職以来年金受給期まで保存している人がいるだろうか。

 小泉内閣の時代に「100年安心」の触れ込みで年金制度について選挙でしきりに宣伝していた。与党を構成する公明党も当時は厚労大臣を出しており神崎代表が「100年安心」と声高に叫んでいた。

 しかし、安倍政権になると年金を政争の具にするなと言いだし、1年以内に年金記録問題を解決すると参議院議員選挙で公約していた。しかし、福田政権、麻生政権と引き継がれ、今だ解決しないのが現状である。

 100年安心どころか「ずーっと不安が付きまとっている」のが現状である。しかも、記録漏ればかりか、記録の改ざんすら出てきているのである。改ざんに当たっては、社保庁の職員が改ざんに関わっているばかりでなく、年金の納付率を上げるために雇用者と結託して年金保険料を天引きしておきながら、集めた保険料より少ない保険料を払い込むために社保庁職員がやり方を「指導」していたというから、あきれる。

 また、年金から住民税の天引きが予定されている。とるものだけは有無を言わせずとるという悪知恵だ。政府が今まで住民税を納付してきた国民を信用しないで、国民に政府を信用しろと言うのは、おかしな理屈である。国民と政府や政治との信頼関係を醸成しようとしないのは、政治の側の責任である。

 スエーデンは、国民負担率(国民所得に占める税と社会保険料合計の占める割合)が世界一高い。しかし国民は、高い負担をしながらも様々な福祉を享受している。国民と政府との信頼関係が高いからこそできることで、それを築くまでに政府や政治家が努力してきたのである。密約があると当事国から言われながら、国内的にはないと言い張る国に、こうした信頼関係は生まれるのであろうか。

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政府は歳出削減に取り組め

 先に政府は、プライマリーバランス(歳入の範囲で歳出をまかない、収支を均衡させること)の計画を先送りにした。また、来年度の予算編成にあたって、選挙対策として候補者の地元バラマキのための要求で、歳出規模が膨張するのは避けられないとしている。

 先の2つの補正予算も国債に依存している。国債は国の借金でやがて返さなければならない。しかし、自ら返すことなど鼻から考えていないと言わんばかりの感じがする。誰が返すなんて「俺の知ったことでは」と言う感じすらするのである。それが選挙目当てだとすれば、甚だ無責任と言わざるをえない。当選した暁には、議員として2400万円弱の議員手当をあてにして、無責任と言わざるをえないような要求をするのである。こうした議員を再び国会へ出さないことが大事であるが。

 北海道夕張市は財政赤字で人口が減少し、移転できない高齢者の日常生活にも不便をきたしていると言われている。

 こうした政府の漫然とした財政規律では、企業の海外移転もさることながら、この国に国民が住めなくなるような事態だけは回避する責任が政府にはあると思われる。

 政府は、歳入の削減を進め早期にプライマリーバランスを確保し、国債の償還が進められる財政規律を確保することが求められていると言えよう。

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